回顧

11月20日
秋もいよいよ終盤に入り犀川沿いの紅葉もピークは過ぎました。
ここは、安曇野市の北の端に位置し生坂村と池田町を犀川を跨いで
繋いでいる日野橋付近です。
昔まだ陸郷村と言われていたころ中心地の日岐と下生野の両地区
は犀川を渡し船で往来しており、両岸を結ぶ橋の建設は住民の大きな
願いでした。
昭和8年に念願の吊り橋が完成し難所の八丁の名を採り「八丁橋」と
命名しました。その八丁橋も昭和39年に生坂ダム建設に伴い
コンクリート橋が新たに架設され橋の名も「日野橋」と改名されましたが
地域の住民の強い希望もあり吊り橋の「八丁橋」架設の苦労を後世に
伝えるため八丁橋を支えた塔柱一基を保存することになりました。
その塔柱は今でも現在の日野橋から見ることが出来ます。
八丁橋の塔柱と犀川

八丁橋の塔柱

現在の日野橋
現在の日野橋

日野橋の先に学校のような建物が見えますが、今では廃校となり建物のみと
なった明治41年開校の陸郷尋常小学校です。創立されて以来、名前は変わり
新制中学校併設の時期もありましたが、やむなく昭和54年3月閉校となりました。

郷愁を誘う風景です。時代は犀川の流れのように流れていきます。

陸郷尋常小学校の名残
体育館

陸郷尋常小学校の名残

陸郷尋常小学校の名残